月別アーカイブ: 2017年5月

霞の向こうの神セッション(4)|恋愛ドクターの遺産第7話

・・・次の日・・・

「昨日の話ですが」ドクターが切り出した。
「はい。」私ユミコはそう答えたが、少し上の空だった。なぜかというと、実はドクターの服装が気になって仕方ないのだ。ドクターは昨日のような白衣にノーネクタイとは、全く違っていた。しかも、なぜか今日は、ドクターとは面識がないはずの、私の職場の上司がよく着ている紺色のスーツに、黒・・・か、またはかなり深い緑・・・の地に、細かい水玉のネクタイをした出で立ちなのだ。私は、ドクターの質問よりも、服装の方に、だいぶ気を取られていた。
「まだ何か、引っかかるものがあるようですね?」ドクターは相変わらず、私がまだ答えていないことを、先回りして、まるで知っているかのように質問してくる。そもそも、昨日のセッションの最後に私は「結論が出たようですね。」「ああ、そうですね。」と答えているのだ。でも、ドクターは、私が一度も言っていない「引っかかるものがある」という点を的確に突いてきた。実際その通りなのだが。
「・・・はい。」私は少し当惑しつつも、真意を正しく汲み取ってもらえて嬉しくなりつつ返事をした。この人は、こんなにも、私の気持ちを完璧に理解してくれるんだ・・・
「・・・の人はどうなんですか?」
また、声がよく聞き取れない。でも何を訊かれたのかはハッキリ分かっていた。ドクターは、私がコウジではなく、最近は職場の上司に気があるのではないか、と訊いてきたのだ。
「ええと・・・」少し恥ずかしくなりながらも、私は答えた。「はい、なんだか、頼りがいがあるし、コウジにはない、大人の魅力を持っていると感じます。」

私はただ「大人の魅力」と言っただけだが、言った瞬間、私の胸の中から、彼に対して感じている「大人の魅力のエネルギー」が白っぽくて淡い色をした・・・桜のようなごく淡いピンク色のようだった・・・、ふわりとした塊として出て行って、ドクターに届いた。これで、私が何を言いたかったのか、ドクターに伝わったことが、私にはハッキリ分かった。

「なるほど、彼には・・・な魅力を感じているんですね。」ドクターは言った。音声としてはよく聞こえない部分があったが、ドクターが上司の大人の魅力について、全て理解し、全て言語化してくれたことは、私には明確に分かっていた。

ドクターはさらにセッションを進めていく。
「そうですか。では、その、新しい彼と生活しているところを想像してみて下さい。」ドクターが言うと、目の前には、今暮らしているアパートの一室ではなくて、都会的なマンションの一室が現れた。そしてそこには、上司がいた。
ふたりで、ソファに座り、一緒にテレビを見ていると、彼に肩を抱かれた。このまま、なるようになってしまおうかと一瞬思ったけれども、もうあと一歩踏み込んだらキスしそうなところで、理性が戻ってきた。彼には奥さんがいるのだ。
「無理です。」それを言うのが精一杯だった。
すると、少しずつ、マンションの一室が消え始めた。視野の周辺からぼんやりとしてきて、だんだんに部屋が消え、隣に居た彼の姿が消え、最後に彼の「存在感」だけが残った。姿が消えたのに存在感が残るというのは変な表現だが、実際そういう感覚だった。時間が経つにつれ、そこに残っていた彼の存在感も、次第に薄れていった。同時に、周りの世界が徐々に、恋愛ドクターのカウンセリングルームに戻ってきた。隣にいたはずの彼は完全に居なくなり、目の前には、恋愛ドクターがいた。
「あなたの、心の奥底の望みは分かりました。」ドクターがそう言った。
私は、全てを見透かされて、心の奥底までのぞかれているようで、とても恥ずかしかったが、同時に、一番詰まっていたものを出せて、少し安心する感覚もあった。そう、私は心の中では、その上司のことを好きだと思っていたのだった。彼氏と比べる気持ちも、あったかもしれない。そしてまた、妻子持ちの上司との、不適切な関係に踏み込むのが良くないことだし、きっと踏み込んでも幸せになれないと分かってもいた。
「でも、この望みは、叶いません。こんな形で彼と関係を持っても、幸せにはなれないと思います。」
「そうですか・・・そうですよね。では、コウジさんの元に帰りますか?」
「それも、なんだか、無理みたいです。」
「一旦、恋愛を休みますか?」相変わらず恋愛ドクターは、私が思っていることを先取りして的確に指摘してくる。
「あっ、そう、そうかもしれません。今私、それが必要なのかもしれません!」
「なるほどそうですか。結論が出たようですね。今は一旦、恋愛を休む。やってみましょう。」

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(3)|恋愛ドクターの遺産第7話

「ママ、ママ!」娘のさくらが起きてきた。
恋愛ドクターの遺産ノートを読んでいたゆり子は、ノートを一旦閉じて、さくらの方を向いた。
「さくら、どうしたの?」
「ママ、眠れないの。」
「そっか・・・目を閉じてたら、眠れるよ。大丈夫。」
そうしたら、さくらは目に涙をためて、言った。「怖い夢みたの。」そしてゆり子にしがみついてきた。
さくらを抱きしめて、背中をトントンしながら、ゆり子は言った。「さくら、大丈夫だよ。大丈夫。ママがいるからね。大丈夫。」
「うん。」
それから、1時間ほど、不安になったさくらに添い寝をして、寝付くまで一緒にいた。ゆり子も一緒にうとうとしてしまった。でも、ノートの続きが気になって目が覚めた。さくらが寝ていることを確認してから、ゆり子はまた、ノートを開いて続きを読み始めた。

ノートを読み始めてすぐに、ゆり子は混乱した。どうも、詳細がハッキリしないのだ。世界がぼんやりしているようだ。ぼんやりしている世界の中で、明確に意識をしているものがたったひとつだけある、そんな感じだ。

いつもの、恋愛ドクターの遺産の世界とは、何かが違う。その違和感は何なのか・・・ゆり子は始め、そんな違和感を感じていた。しかしいつの間にか、いつものように、次第にこの世界に引き込まれていった。

第二幕 霞の向こうの神がかり的セッション
「・・・ですか?」
「はい。」
声がよく聞こえない。目の前にいるはずのカウンセラーの姿も、なんだか霞がかかったようにぼんやりとしていて、ハッキリ見えない。しかし、私(ユミコ)には、何が起きたのか明確に分かっていた。そう、間違えるわけがない。明確に、分かっているのだ。
誰に何を訊かれたのか。それは、恋愛ドクターが私に、コウジ(彼氏だ)のことは好きですかと訊いたのだ。もちろん、つき合っているのだから好きだ。だから「はい。」と答えた。でも、そんな単純にイエス・ノーで表せるほど簡単な気持ちでもない。だから恋愛ドクターに相談しているのだ。
時間がとてもゆっくり進んでいる感覚がある。
ずいぶん間があって、ドクターが次の質問を発した。
「ということは、好きではあるけれど、同時に、つらいということですね。」
「はい。」
ドクターは、私がまだ答えていない質問の答えを、まるですでに知っているかのように、その答えを踏まえて、次の質問を投げかけてくる。テレパシーとも言えるような、そんな状況を、私は全く不思議とも思わず、むしろ当たり前と感じていて、セッションは進んでいく。
時間の流れは、相変わらずゆっくり、いや、むしろ時間の流れという概念がない、と言った方がいいかもしれない。また、しばらく間があって、ドクターが次の質問を発した。
「もっと、頼りがいのある人とつき合えば良かった、ということですね?」ドクターはまた、まだ私が答えていないことをすでに前提として、先回りして質問してくる。
「はい。」私はまた、当然のように、受け入れ、答えている。
少し間があって、ドクターが立ち上がった。「こちらに、彼と別れた後の世界があります。見て下さい。」ドクターが自身の左腕を開いて、手のひらで示しながらそう言うと、そちらに、私が暮らしている町が現れた。町は馴染みの町だが、細かく言えば、その街区は、少し馴染みのないエリアだった。見覚えはあるが、日頃通勤路にもしていないし、商店街というわけでもない、あまり行ったことのない住宅街だった。空は青く、人影はやや少なめでまばら、といった感じだ。「どんな感じがしますか?」ドクターが訊いた。
「清々しい感じです。でも、ちょっと寂しいかもしれません。」
「今度はこちらに、彼と続けたとしたら、という選択の先の世界があります。見て下さい。」今度は右腕(私から向かって左だ)を開いて、同様に示しながら言った。今度は私が生活している現在の部屋の中の様子が見えた。いつも使っているテレビ、壁には彼と写っている写真が額に入っていて、彼にプレゼントされて以来大事にしているクマのぬいぐるみなども見える、私の「居場所」という感じの場所だ。「どんな感じがしますか?」
「慣れ親しんだ、暖かい世界です。でも、なんだか閉塞感があります。ここにいるとイライラします。」

「では、どちらを選びますか?」
「えっ?」そんなに急に迫られても選べない。私が黙っていると、先ほどより大きな声で、エコーがかかったような響きでまた質問された。
「では、どちらを選びますか?」
「え、選べっていっても、そんな、急に・・・」
「では、どちらを選びますか!」ついに大音量で聞こえてきた。
「やめて!」と叫びそうになった瞬間に、ドクターの顔がコウジ(彼氏だ)に変わっているのが見えた。
「ねえ、どっちを選ぶの?ボクを選んでくれるの?」コウジが言った。
「ちょっと待ってよ、こないだも言ったよね。あなたはいい人だけど、頼りないと感じてしまって、これからも一緒に暮らすとか、結婚とか、かなり迷ってる、って。今のままじゃ、絶対に前には進めないから。」私はキッパリ言った。ドクターの顔がコウジに変わるとか、普通じゃありえないことが起きているのに、全く驚かなかったし、むしろそうなってくれることを望んでいた、いや、準備していた気さえする。だからコウジの顔が現れた瞬間に、今まで言いたかったことがすらすらと出てきたのだ。
キッパリ言ったところで、コウジの顔は消えた。そしていつの間にか、また目の前には白衣姿のドクターが座っていた。
「結論が出たようですね。」静かな声で、ドクターが言った。
「えっ? ああ、そうですね。」そうは言ったものの、まだ踏ん切りはつかないと感じていた。

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(2)|恋愛ドクターの遺産第7話

「私のところに相談に来たときには、九割方決心が決まっていた感じでしたよね?」
「そうでしたね。おかげで、そのあとの問題解決は早かったなー。」
「ほんとびっくりしましたよ。」
私と先生は、わはは、と大声で笑った。
「なつを君、そういうのを、治療前変化、というのです。」
「はい、よく分かりました。だから、申込の時点の状態を前提にしてはいけない、ということなんですね。私も結構・・・というか激しく変化してから当日を迎えたわけですからね。こういう人、結構いらっしゃるわけですよね。」
「ええ、まあ、激しく変化している人は、10人にひとりぐらいですけどね。半分ぐらいの人は、ほぼ変化なし。あとは、気持ちが少し楽になったとか、セッションで訊かれそうなことを準備してきたとか、これまでの経緯を自分で紙に書いて整理してみたとか、まあそんな感じで、マイルドな変化、という感じです。」
「なるほどー。参考になります。それで、『治療前変化を問う』というのは・・・?」
「ああ、だから、『お申し込みになってから、本日までで、何か変化はありましたか?』といった主旨のことを訊く、ということです。」
「なるほど、単純なんですね。」
「うちの場合、改めて、相談内容を書いてもらったりしていますけどね。」
「そういえば、相談内容、お申し込みの時点で頂いているのに、どうしてもう一度書いてもらうのかなぁ、と、いつも不思議に思っていました。」
「あれは、とりあえず落ち着いて、それからセッションを始めていくという、ある種の儀式的なものでもありますし、もうひとつの重要な意味が、お申し込みの時に頂いた相談内容と、当日書いて下さった内容が同じかどうか見る、というものなんですね。」
「そうなんですね。なんだか、刑事ドラマの取調室で、刑事さんが同じ質問を何度もして、何度聞いても同じ答えになるかどうか確認する、みたいな感じに似ていますね。」
「そうかなぁ。別に疑っているわけではないから・・・似ているのかなぁ。」ドクターは苦笑しながらそう答えた。
「いやー、昨日も刑事ドラマを見ていたので、つい思い出してしまいました。あ、でも、もし、そうやって申込の時からの変化を確認しているのだとすると、家で書いてきたメモを見て記入する方の場合、古い情報を書き込んでいるかもしれない、ということですか?」
「そうなんですよ。できればやめてほしいと思っているんですけどね。」
「だから先生、用紙に記入してもらうときに『今のご気分で』なんて訊かれてますよね?」
「なつを君、よく見ていますね。そうなんですよ。なるべく、今の自分が書く、というのをお願いしたいところではあります。」
「そういうルールにはしないんですか?」
「まあ、メモを持ってくる人の場合、間違えちゃいけない、とか、じっくり考えないと、何か大事なことを落としているかもしれなくて不安、とか、色々考えることがあるわけですよね、きっと。そういうことを心配してメモを持ってきた、というのも、その人の個性を表していて、大事なヒントになりますよね。」
「あ、なるほど。メモを持ってきて、間違いなく書こうとする、ということも、大事な情報なんですね。」
「そういうことです。だから、メモを出した人の場合、そのことが大事な情報です。どうせ過去の気持ちを書き写しているわけですから、書いている内容はほぼ読みません。むしろ、『ああこの人はメモを書き写す人なんだなぁ』という情報の方が、この場合、大事ですね。」
「読まないんですね。」
「だって、申込の時に作ったメモを出して、紙に書き写したら、新しい情報は何も無いじゃないですか。」
「そうですよね・・・その割り切り方が気持ちいいです・・・でも、先生、本当に、色々なことを観察するんですね。」
「当然でしょう。そのぐらい本気で、その人のことを知ろうとしなければ、カウンセリングは成り立ちません。」
「・・・精進します。」
「そして、話を少し戻しますが、メモを出して来て、それを見ながら用紙に記入した人の場合、今の自分の気持ちを書いているのではなくて、メモを作成したときの自分の気持ちを、用紙に書き写している、わけですから、当然、情報が古いだろう、ということを念頭に置いて、セッションを始めます。」
「はー。色々大変なんですね。」
「ちょっと、頼みますよ。私が老いぼれる頃には、なつを君、キミがこのカウンセリングオフィスのエースになっていないと、困るわけですからね。」
「はーい。」
「そのような、メモを書き写すクライアントさんの場合、セッションの中で、『今はどう感じていますか?』などの、今どう感じているか、今どう考えているか、という現在の状態を問う質問を少し増やして、治療前変化がどの程度起こっているのか、見積もりながら進めていきます。」
「なるほどー。治療前変化、結構奥が深いですね。」
「そうですよ。奥が深いのですよ。」
「先生、今までで一番、激しく変化した、治療前変化というのは、私のセッションですか?」
「いや、なつを君、キミのはまあまあ大きな変化ではあったけれど、一番じゃありません。もっとスゴイのがありましたよ。」
「どんなのだったんですか?」

・・・

「ママ、ママ!」娘のさくらが起きてきた。
恋愛ドクターの遺産ノートを読んでいたゆり子は、ノートを一旦閉じて、さくらの方を向いた。
「さくら、どうしたの?」

(つづく)

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恋愛ドクターの遺産(レガシー)とは?

恋愛ドクターの遺産(レガシー)とは、(1)心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしによるセラピー小説の題名。(2)その小説の中に出てくるノートの通称。

以下、小説の中の設定です。
このノートは、有名な恋愛カウンセラーだったゆり子の祖父の手記で、おそらくはセッションの記録なのだが小説風に書いてある。段ボールにノートの束として突っ込んである。
ゆり子の父が受け継ぎ、そして今、ゆり子が受け継いだ。悩んだらノートの束からランダムに一冊選んで読むと、今の悩みにピッタリのテーマがそこに現れるという・・・不思議なノート。この使い方を考えたのはゆり子の父だ。ゆり子もそのやり方を踏襲している。

小説「恋愛ドクターの遺産」では、ゆり子が悩んでノートを開くところから毎回の話が始まる。

 

霞の向こうの神セッション(1)|恋愛ドクターの遺産第7話

第一幕 変化と覚悟

「要するに、覚悟の問題よねー。」香澄が言った。
今日はゆり子と、順子(よりこ)、そして香澄の三人でランチをしながら話をしている。以前に、ゆり子はついつい自分の悩みを話してしまって、結果、順子と香澄が互いの持論を闘わせる展開になってしまったことを少し後悔したのだったが、一度話してしまったことは消せない。今日は、ゆり子から結婚生活の悩みを話していないのに、いつの間にかその話題になってしまった。
実はゆり子は、離婚したあと仕事はどうするか、子供は預けるのか、など、現実問題の細々したことに頭を悩ませていた。ハローワークにも足を運び、一人娘のさくらを保育園に預けられるかどうか、役所にも聞きに行ったりと、まだ具体的な一歩は踏み出していないものの、少しずつ情報収集を始めていた。それを察したのか、香澄が「最近どうしてるの?離婚に向けて準備してるの?」という形で、話題を振ってきたのだった。
実際、色々調べて、合理的に考えれば、何とかなりそうかな、という気もしているのだが、なかなか一歩が踏み出せない。やはり、不安が先に立つのだ。率直にそんな話をしているうちに、覚悟の問題だ、という話になった、というわけだ。

「覚悟の問題かー。」ゆり子が言った。
「まあ、そういう面はあるよね。」順子も同意した。
つまり、どんな解決策を選ぶか、であるとか、相手とどんなコミュニケーションを取るか、といった側面はあるとしても、結局は、どれだけ腹をくくって、覚悟を決めて前に進むか。そこが決め手になるのではないか。そういう話だ。気の強い香澄がまずその意見を言ったが、比較的穏やかな順子も同意する形になった。
「そういうことなのかなー。私、なかなか覚悟、決められないなー。」
「まあ、自分のペースでやって行けばいいじゃない。」順子が言った。
「私は、早いほうがいいと思うけど。」香澄が言った。

そんな会話があったあと、ランチ会はお開きになった。三人ともそれぞれ、自分の生活に戻っていった。
(まあ、こうして、話を聞いてもらえる相手がいるだけありがたいとは思うけれど・・・)ゆり子はそんなことを考えていた。
家に帰ってくれば、いつものルーティーンワークが待っている。さくら(娘)の幼稚園のお迎えに、ごはんの支度、お風呂、などなど・・・そんな事をしているうちに夜になってしまった。そして、今日もまた、恋愛ドクターの遺産(レガシー)ノートを開いてみるのだった。ノートは相変わらず段ボールに無造作に突っ込んである。父親から受け継いだ状態のままだ。その無造作なノートの束の中から、ゆり子は無造作に一冊を抜き出し、開いてみた。このやり方も、父親から受け継いだ方法だ。(ランダムに一冊抜き出して読むと、そこになぜか必ず、いま必要なヒントが書いてある、と父親は言った。)
・・・
「先生、『治療前変化を問う』ってどういうことですか?」なつをが質問した。
「ああ、『治療前変化』ね。それは、カウンセリングに申し込むときに、大体、どんなテーマで相談をしたいのか、どんな状況なのか、予め提出してもらうことも、よくあるのですが、実際にカウンセリングが始まるときに、申込時点での問題を、前提にしてはいけない、ということです。」
「どうして、申込の時の問題を、前提にしてはいけないのですか?」
「もちろん、参考にはしますよ。ただ、人は、日々、変化して行くものです。」
「ああ、なるほど。」
「特に、カウンセリングというのは、もう、ここから本腰入れて、人生変えるぞ、みたいな覚悟を決めて申し込んだりすることがありますから、そうすると、申し込んだこと自体が変化のきっかけです。そのようなわけで、色々変化が起きるわけです。」
「ああ、それ、分かります。」
「それに、カウンセラーの先生に、いったいどんなことを訊かれるのだろう? などと想像して、その想像上の問いに、自分で答えてみたりして、つまり自分の中で自問自答していくわけですね、そんな事をしているうちに、悩みが色々解消していったりすることも、あるわけです。」
「そんなこと、あるんですか?」
「ええ、ありますよ。そんなに、珍しい事じゃありませんよ。」
「そうなんですね・・・」
「要するに、覚悟の問題、ということかもしれませんね。」
「覚悟の問題、ですか・・・」
「なつを君だって、以前、私のところに相談に来てくれたことがあったでしょう?」
「はい、懐かしいですね。」ちょっと照れた表情になって、なつをは言った。
「そのときに、こんなことを言っていませんでしたか? ・・・確かあれは、そうそう、私に相談を申し込んだあと、今まで迷っていた、転職に向けての行動がなぜか進むようになった、と。」
「そんなこと、ありましたね。」
「そう、相談を申し込んだことで、勇気が出て、転職のための、何でしたっけ、ヘッドハンティングだか職業紹介だかの会社に登録したり、独立開業も視野に入れて色々本を買ったり、何か行動を起こし始めた、という話でしたよね?」
「そうでした。先生のところに相談を申し込んだら急に元気が出て、色々行動して・・・」
「私のところに相談に来たときには、九割方決心が決まっていた感じでしたよね?」
「そうでしたね。おかげで、そのあとの問題解決は早かったなー。」
「ほんとびっくりしましたよ。」
私と先生は、わはは、と大声で笑った。
「なつを君、そういうのを、治療前変化、というのです。」

(つづく)

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正しいだけでは解決しない(14)|恋愛ドクターの遺産第6話

「聞きたいです。」妙子となつをが同時に言った。
「それは、始めのうちは、うまく行っていたからです。」
「えっ?」
「きっと、お母様の機嫌を取る、すると、機嫌がよくなる、すると、妙子さんもしばらくはネガティブにつき合わされなくて済むので楽になる、という、成功体験、とあえて表現しましょうか、それが、始めのうちは、あったはずなのです。」
「確かに!そうです!だから、いつの間にか、やるようになってしまったんですね。機嫌取りを。」
「ところが、このパターンが固定化してくると、今度は、お母様は、嫌なことがあると、妙子さんをはけ口にすればいいや、と、相手に当てにされるようになるわけです。」
「ほんと、その通りです!」
「相手が当てにしてくる、期待してくる・・・これは、言い換えると、依存されているということなんです。」
「そう!母は私に依存しています!」
「短期的には、効果があった方法が、長期的に見ると、逆効果を生んでいます。」
「・・・確かに、そうですね。」
「そして、人間は、短期的にはプラス、長期的にはマイナス、の行動と、逆に、短期的には少しマイナス、長期的にはプラスの行動があったときに、残念ながら、短期的にプラスで長期的にはマイナスの行動の方が習慣化されやすいのです。」
「?」なつをも妙子も、ちょっとすぐには理解できず、首をかしげていると、ドクターはさらに説明を続けてくれた。
「つまり、たとえば、ダイエットして健康になるという、長期的なプラスよりも、甘いものを食べて、血糖値も上がり、直後は幸せ感を感じるという短期的なプラスの方が、勝つ、ということです。」
「ああ、なるほど!それ分かります!」
「意識していないと、ついつい、短期的なプラス感情がある方の行動が、習慣化されやすいのです。」
「よく分かりました。」妙子が言った。

「というわけで、」ドクターが言った。「お母様からのマイナスの影響を、できるだけ小さくする、ということをまずは目標にして、お母様には、暗い話担当をしてもらって、明るい話担当の友達など、別の相手を見つける。そうやって、まずは心のエネルギー補給をしっかりやっていき、ゆくゆくは、実家を出るとか、仕事でチャレンジをするとか、そういった大きな行動が出来るような、自分の状態を作っていく。そんな方向で、取り組んでいきましょう。」
「はい!分かりました。やってみます!」

(しかし、先生がまさか「幸せでいてはいけない」という類のネガティブな指令を出すとは驚きだった。彼女の母親のように、他人が幸せだと無自覚にエネルギーを吸い取りに来る人のことを、エナジーバンパイヤというらしいが、そのエナジーバンパイヤから身を守るために「幸せでいてはいけない(但し母親の前だけ)」という指令を出した。確かに言われてみれば納得の方針だが、聞いた瞬間は耳を疑った。本来は、幸せになりましょうと言うのがセラピストの仕事だろう。)セッションが終わったとき、なつをはそんなことを考えていた。

・・・

ゆり子は、ノートを閉じた。
「おじいちゃん・・・やっぱり枠に囚われなくて、すごいなぁ。」
ゆり子が相談を受けていたら、たぶん「不倫はダメ」と説教してしまうか、説教の言葉がのど元まで出かかっているのを無理やり抑えて話すことになるだろうと思った。それでは相手は責められていると感じてしまうだろう。後半の、妙子さんのセッションも、お母さんの気持ちも、分かってあげましょう、みたいに言ってしまうだろうと思った。それでは、妙子さんはますます、貴重な心のエネルギーを、他人のために消耗してしまうのだ。

「おじいちゃん・・・」祖父の面影を思い出しながらゆり子はつぶやいた。ゆり子の覚えている祖父は、ノートの中に出てくる恋愛ドクターのような切れ者ではなく、優しくて、楽しくて、暖かい存在だった。一緒に遊んでもらったことをよく覚えている。そんなおじいちゃんが、ノートの中では頭脳明晰、人間関係の問題を次々と解決していく。大好きだったおじいちゃんが実はそんな別の一面を持っていたなんて・・・もちろん悪い気はしないけれど、不思議な気持ちだった。

「でも、私なんて、まだまだだなぁ。」ゆり子はつぶやいた。おじいちゃんのすごいところは、「正しいことを言うだけでは解決しない」という言葉の意味を、最高に分かっているところだ。「正しいことを言うだけではダメ」ということを言う人の多くは、「正しいことをあきらめている」か「正しいことを半分あきらめて妥協している」かのどちらかだろう。言うなれば「正しいことを言うだけでは、どうせ、解決しない。」と言っているのだ。それに対しておじいちゃんは「正しいことを言うだけでは、うまく、解決しない。」と言っているのだ。似ているようだけど、全く違う。前者は「だから適当にやっておけ」または「だから妥協せよ」という結論につながるのに対し、おじいちゃんの取っている後者の立場は「だから、最高に有効な解決策を考えるべき」という結論につながっている。事実、祖父は最高に有効な解決策を、いつも、希求している。

こんな、頼りがいのある人と一緒に仕事しているなつをがうらやましいと、ゆり子は思った。
「なつをさん、いいなぁ。もし会えたら、おじいちゃんのこと、色々聞いてみたいなぁ。」

(第6話おわり。第7話につづく)

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正しいだけでは解決しない(13)|恋愛ドクターの遺産第6話

「でも、エネルギーがないです。いつも、疲れ切っています。」
「そう、そこなんですよ。」ドクターが言った。そしてさらに逆矢印を書き始めた。「そのために、『母親からのネガティブな影響をブロックできるようになった』こうなったらどうですか?」
なつをの目には、妙子さんの目が一瞬ギラッと鋭くなったような気がした。
「それって、もしできたら、素晴らしいですけど、そんなこと、可能なんですか?そのために、実家を出たいと思ってきたんですけど、でも、出るためには収入が必要で、そのためには心のエネルギーが必要で、今はそれが無い・・・」
「そうですね。表面的には、そういうヴィシャスサークル(悪循環)になっているように見えますよね。だから、このループのどこを断ち切るか、と考えてみたんですが、」ドクターはすでにちょっと楽しそうな言い方になっている。
「はい。断ち切れるんですか?」少し驚いた調子で、妙子が応じた。
「ええ。では、具体的な提案ですが、」そう言いながらドクターはさらに逆矢印を続けていく、「そのために、『明るいことを共有する仲間を見つける。同時に、母親には暗い話担当をしてもらう。』これはどうですか?」すでにドクターはニコニコしている。
くすっ。妙子が笑った。「あの、私、母はどうしてこんなに、暗い話担当なんだろう、っていつも思ってました。先生が私が使っている言葉と同じ表現で書かれたので、つい面白くなってしまいました。」
「そうでしたか。なら、説明は不要ですね。愚痴とか、嫌だったことの話だけを、お母様にする。そして、楽しいことを共有するのは、楽しいことが好きな、別の相手としましょう。ここへ来て話して下さってもいいですよ。でも、楽しい話を共有できる相手は、比較的見つかりやすいものですから、まあ、相手にはそれほど困らないと思いますけどね。」
「そうですね。見つけてみます。」
「でも、どうして、担当を分けるといいんですか?」
「先生、私も知りたいです。」思わずなつをも割って入ってしまった。
「そうですね。心理学の教科書に、こんなことは別に書いてないのですが、以前、新聞の人生相談のコーナーで、こういう『生きる知恵』が提案されていたことがありましたね。私も、当時まだ経験が浅かったんですが、直感で、似たような提案をしていたことがあって、なんだか、有名な先生からお墨付きをもらったような気がしたのを覚えています。」
「へぇぇ」妙子が行った。
「一応、心理学的な説明をつけてみるとすると、これは『ペーシング』ということになると思います。平たく言うと相手とノリを合わせる、ということです。怒っている人にのーんびり受け答えするとますます火に油を注ぐことがあります。むしろこちらも下腹に力を入れて、拳をぎゅっと握って、力強く受け答えした方が、相手もクールダウンしやすいんですね。他にも、柔らかい調子の人に、大声で応じたら嫌がられますよねきっと。こんな風に、相手の表面的なノリに合わせて応対する、というのはコミュニケーションの基本として、大事なことなんですね。」
「それで、ネガティブな人には、ネガティブなことばっかりこちらも言う・・・ということなんですか?」私なつをは、ついつい、また、口を挟んでしまった。
「そういうことです。まあ、これをしても、お母様のネガティブは直らないと思いますけどね。でも、妙子さんの貴重な心のエネルギーを、お母様のネガティブをなんとかしようと不毛にもがくことに使うのは、かなりもったいない。エネルギーロスだと思います。だから、こうして割り切ってしまう方が、私はいいと思いますね。」
「あ、確かに、そうです。私、母が変わってくれることを望んで、それで、そのために、母の機嫌を取ることを、ずっとやっていた気がします。母が変わってくれたら、私も楽になると思って・・・でも、逆なのですね?」

「そうですね。逆ですね。」
「先生、もうちょっと優しい言い方をしても・・・」なつをは言った。
「おっと、失礼。別に強く批判するつもりは、ないのですが。まあ、このような、不毛なパターンにはまり込んでしまう理由というか、性質が人間にはあるんですよ。」
「聞きたいです。」妙子となつをが同時に言った。
「それは、始めのうちは、うまく行っていたからです。」
「えっ?」

(つづく)

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女と男の心のヘルス(ココヘル)
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正しいだけでは解決しない(12)|恋愛ドクターの遺産第6話

ドクターは再び、二番目の椅子を戻してきて、また元の、壁際に置いた。
「ところでここで、各椅子の、位置づけ、と言いますか、意味づけをしてみたいのですが、いま座っていらっしゃる三番目の椅子は、実際の妙子さんに即して言うと、何でしょう?妙子さんの思考や意思、といったところでしょうかね?」
「はい、そんなところだと思います。」
「では、二番目の椅子は、何でしょう?」
「私の感情、だと思います。」
「なるほど、妙子さんの感情、ですね。実は私もそう思いました。」
「感情を殺せば、楽になるのではないかと思っていたんですが、それは・・・」
「そう、それは、難しいことだし、一般的には、あまりメリットはないと思います。」
「そうなんですね。」
「そして、一番目の・・・」ドクターが言いかけたときに、妙子が割り込むようにして即答した。
「母です。」
「なるほど、お母さま。」
「ええと、このワークは一般的には、クライアントさん・・・今日は妙子さんですが・・・の心の内面を表すワークとして考えていく、解釈していくものなのですが、心の中にあるお母様の幻影、という訳ではなくて、実在のお母さま、という意味でいいのですか?」
「はい。」
「なるほど。その考え方には、私も賛成します。」
「そうなんですね。」
「ええ。妙子さんの人生そのものが、実は他人の存在によって、現在進行形で、歪められている、という構図です。」ドクターがそう言い切った。
その瞬間、妙子の表情が怒りなのか苦痛なのか分からない・・・いや、その両者が混ざった感じかもしれない・・・そんな感じに歪んだ。
「もう、嫌なんです。本当は。干渉されるのも嫌だし、いちいち愚痴を聞かされるのも嫌です。」妙子は今回のセッションでは初めて、かなりの不快感、負の感情を露わにしながら、そう言った。
「そうなんですね。本当は、お母様の機嫌取りをして、自分を押し殺して生きるのは、嫌なのですね。」ドクターが言った。
「・・・そうです。でも、家も母のものだし、私の収入ではひとり暮らしすると言っても生活できるか分からないし、結局母に合わせて生きる方がストレスが少ないから、今みたいになっているんです。生活する力がもっとあったら、実家を出ていると思います。」
「なるほど、そうですか。まあ、私は、まだよく知らない段階で無責任なことは言えませんけど、妙子さんはいずれ、それをする人、それが出来る人だと思っているんですけどね。一般的に、大体、そういうものですから。やればできるものです。」
「では、私に、実家を出た方がいいと・・・?」
「ええと、実は、提案したい方針は、少し違います。長い目で見たら、実家を出て自分の好きなところに、好きな人と住むという方針が、きっと良いと思いますけど、今すぐじゃないです。」
「では、どうしたらいいのでしょうか?」
「そう、そこのところなんですが、こんな方針はいかがでしょう。」
そう言いながらドクターは、ホワイトボードに図を書き始めた。
左上に、「いい出会いがあった」と書いた。そして「これが当面の最終的なゴールとしましょう。」そう言った。
「はい。」
その右隣に「自分らしい生き方をしている」と書いた。そして右から左へと、逆矢印でつないだ。「こうして、結果から、ゴールから発想していくといいんですよ。この矢印は、『そのためには』と読みます。いい出会いがあった。そのためには、自分らしい生き方をしている。」
「なるほど。」
「そのためには、」ドクターはさらに逆矢印を書きながら続けている。「実家を出ている。そのためには、実家を出るだけの収入や仕事の力がついている。そのためには、仕事でチャレンジするための、心のエネルギーが満ちている。まずは、ここまで、いいでしょうか?」
「仕事をもっと増やしたり、収入を上げる自信がありません。」妙子が言った。
「そうでしょうね。段取りを踏んでないですから、今は、そうは思えなくて当然だと思います。ですが、よく見て下さい。『チャレンジするための心のエネルギーが満ちている』と書きました。もし、妙子さんが、これを持っていたとしたら、どうですか?」
「もし、『チャレンジするための心のエネルギー』を持っていたら・・・職場でも、自信がないから辞退した仕事とか、色々ありました。それから、転職を考えたこともあったんですけど、自分にやりきれるかどうか分からなくて、結局今の職場にとどまったんですよね・・・確かにエネルギーがあったら、そういうときに、違う選択をしていたかもしれません。」
「なるほどね。」
「でも、エネルギーがないです。いつも、疲れ切っています。」
「そう、そこなんですよ。」ドクターが言った。そしてさらに逆矢印を書き始めた。「そのために、『母親からのネガティブな影響をブロックできるようになった』こうなったらどうですか?」
なつをの目には、妙子さんの目が一瞬ギラッと鋭くなったような気がした。
「それって、もしできたら、素晴らしいですけど、そんなこと、可能なんですか?そのために、実家を出たいと思ってきたんですけど、でも、出るためには収入が必要で、そのためには心のエネルギーが必要で、今はそれが無い・・・」
「そうですね。表面的には、そういうヴィシャスサークル(悪循環)になっているように見えますよね。だから、このループのどこを断ち切るか、と考えてみたんですが、」ドクターはすでにちょっと楽しそうな言い方になっている。

(つづく)

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正しいだけでは解決しない(11)|恋愛ドクターの遺産第6話

「では、まずは、順番に座ってみましょう。一番目の椅子に座り『Pさん』になったと想像してみて下さい。」
「はい。」妙子は真ん中に置いた「Pさん」の椅子に座った。この椅子はちょうど二番目の椅子の方を向いている。こちらは、相手の方を向いているが、相手(つまり二番目の椅子だ)は、こちらに背中を向けている格好だ。

(なんだか、Pさんがたえちゃん・・・私は心の中ではそう呼んでしまうことにした・・・に睨みを利かせている感じがするなぁ)なつをはそう思った。

このあとドクターは、なりきるためにいくつか誘導をし、質問をいくつか投げて、そして、次に移った。
「では、次に、二番目の椅子に移ってください。」
「・・・はい。」少し沈黙があったあとに、小声で妙子が答えた。
妙子は、誰が見ても明らかなほど重い足取りで、二番目の椅子に向かった。そして、ゆっくりと椅子に座った。壁の方を向いていて、ドクターにも、少し斜めに背中を向けている角度だ。背中がとても寂しく、悲しそうな感じに見える。
「その椅子に座っていると、どんな感じがしますか?」ドクターは質問した。
「とても息苦しいです。重いです。ここに居たくありません。」妙子はそう答えた。
「ちなみに、なぜこちらを向かないのでしょう。壁の方を向いているのはどうしてですか?」ドクターは質問した。
「・・・」沈黙して、答えが返ってこない。
「では、こちらを・・・正確には『Pさんの方を』向こうとしてみて下さい。どんな感じがしますか?」
妙子は体を動かして、こちらを向こうとして、すぐに、元の向きに戻った。そして言った。「そちらには、向きたくありません。」
「なるほど・・・こちらを向こうとしたら、どんな感覚がありましたか?」
「・・・重いというか、痛いというか、とにかく触れたくない感じがあります。」今までで一番動揺した声で、妙子が答えた。
「なるほど、何か、大事なポイントにさしかかっているようです。」

先生は、こういうとき、本当に頼りになる、なつをはそう思った。確かにクライアントは動揺しているし、あまり心地よくない状態なのは明らかだ。普通に、友達同士の会話なら、こういう空気になったら話題を変えるだろう。でも、これは茶飲み話ではなく、カウンセリングだ。感情がむき出しになってきた瞬間こそ、変化が起きる可能性があるチャンスでもある。もちろん、舵取りを間違えればクライアントを傷つけてしまう可能性もあり、注意が必要な場面ではある。こういうデリケートな局面に来たときに、落ち着き払っているように見える先生が、本当にスゴイ、となつをはいつも思うのだった。

「ではここで、」ドクターは続けた。「三番目の椅子に移動してみましょうか。」
「はい。」妙子はドクターの隣まで移動してきたが、そのとき、なつをの目にもハッキリと、彼女の色白の肌が、首のあたりを中心に赤く染まっていたのが見えた。きっとドクターも見逃してはいないだろう。妙子はゆっくりと、三番目の椅子に座った。
「では、『妙子さん』になってみて下さい。」
「はい。」
「そして、この状況を、客観的に見て、何を考えたか、何を感じたかを、言葉にしてみましょう。」
しばらく考えていた様子だったが、やがて妙子は言った。「あの、二番目の椅子がとても嫌な感じです。」
「なるほど。二番目の椅子がね・・・どうしたいですか?」
「なくしてしまいたいです。」
「なるほど。あれがなくなれば・・・どうなるんですか?」
「気持ちが楽になると思います。」
「なるほどそうですか。」

私なつをは、大変な違和感を感じていた、どう考えても、二番目の椅子が、フロイト流の心理学で言えば「エス」、交流分析で言えば「FC」で、彼女本人の感情、大切な感覚を表しているのは間違いないのに、彼女自身がそれを「なくしてしまいたい」と言い、先生もそれを「はいそうですか」とばかりに受け入れている。私が口を挟みそうになった瞬間、それを察したのか先生が私の方を向いた。そして強い目線で私を見すえて(睨まれた、と感じた)、無言で首を小さく横に振った。
(先生は何か意図があってこの流れを作っているのかもしれない)私はそう感じた。それで、しばらく、この違和感と戦いながらも、黙っていることにした。

ドクターは、淡々とした調子で、その二番目の椅子をワークをしているエリアから片付けてしまった。そして元の位置に戻ってきて、妙子に質問した。
「いま、お望み通り、二番目の椅子をなくしました。これで、いま、どんな感じがしますか? もしこうなったら、妙子さんの人生や、感情の状態は、良くなりますか?」
「なにか、とても空虚なものを感じます。生きている意味が全部なくなってしまうような、空虚で、無意味な感じがします。」
「そうですか。なくしたいとさっきは思ったけれど、なくしてみたら、空虚で無意味な感じになってしまった、と。そういうことですね?」
「はい。そうです。」

(つづく)

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あづまです。こんにちは。

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