小説 恋愛ドクターの遺産」カテゴリーアーカイブ

呪い(15)|恋愛ドクターの遺産第9話

迷走気味の議論を見て、ドクターが割って入った。「ええと、ある症状が発生している場合、あるいは複数の症状が同時期に発生している場合、その根本原因は、まずは一個と考える、というのが問題解決の基本です。」

「一個、なのですか?」なつをが訊いた。
「なつを君は、答えを聞こうとしているのですか?」
「あ、いやいや、そうじゃなくて、一個と考えるのが基本、ということを確認したかったのですが。」
「ええ、基本は一個と考えます。そして、一個で説明が付かないときに初めて、二個であると考えて推論します。」

私なつをは混乱した。幻覚を見ている、そして、頭痛に襲われる。吐き気がする。原因が一個だ、と言われると、分からなくなってしまった。

「ここで少し、考え方の基本を整理しておきたいと思います。」ドクターが言った。「彼女の症状に似ている例を使うとネタバレ、というか答えが分かってしまうかもしれないので、全然違う例を挙げて説明しますね。ある女性が、(1)やらなければいけない仕事が多すぎる。(2)家に帰っても非協力的な夫や高圧的な姑がいる(3)毎日がもうイヤになって死にたくなる、というみっつの症状・・・人間関係の問題も含めて「症状」・・・に悩まされているとします。それぞれの症状に対してバラバラに原因を考えるのではなく、同じひとつの根っこから、一見バラバラに見える複数の症状が現れているとしたら、根本は何だろう、と考える、ということを、まず最初にやるべきだ、と言っているのです。」

「つい、それぞれについて、ありそうな原因を考えてしまいますね。」なつをがつぶやいた。
「そうですね。でも、始めにすべきことは、共通の根っこが何かあるのではないか、と考えることなのです。ちなみにこのケースは架空のケースですが、この女性が『自己否定的な考え方をしている』というのが根っこになります。」
「自己否定的だと、どうしてそうなるのですか?」なつをが訊いた。
「まず、死にたくなる、という症状が出る場合には、大抵自己否定があります。問題が起きた時に他人のせいにしている場合は、余計な行動をとって周りを混乱させることはあっても、自分を消そう、そこしか逃げ場がない、という風にはなりにくいものです。やらなければいけない仕事、というのも、職場で『断れない』あるいは『誰もやろうとしないが、誰かがやらなければいけない仕事を自らやってしまう』などの形で、無意識に引き受けている仕事が多いんですね。責任感が強い人に多いのですが、責任感は罪悪感の裏返しです。罪悪感は、そう、ある種の自己否定ですよね。また、このような自己否定的な思考の人は割と、他者否定、つまり他人に責任転嫁して、仕事を押しつけるようなタイプの人とカップルになりやすいのですが、こうして非協力的な夫を引き寄せた可能性は非常に高いですね。」
「なるほどー。」ナタリーが一段と高い声で言った。

(つづく)

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呪い(14)|恋愛ドクターの遺産第9話

「ええと・・・呪いが原因とのことですから、あくまで対症療法になりますが、頭が痛くなったとき、頭痛薬をお飲みになったことはありますか?」
模擬セッションが再びスタートした。
「はい。呪いに襲われた後、どうしても辛くて頭痛薬を飲んだことはあります。なんとなく頭がぼうっとする感じがして、少しは痛みが軽くなる気がしたのですが、治ったとは言えないような感じでした。量を増やしたりするのも怖かったので、何度か飲んでみた後、やめて、それ以後は呪いを解く方法を探したり、そういうことをしてくれる先生を探したりしていました。」
「もうひとつ教えてほしいのですが。」さきほど地雷を踏んだからか、慎重な調子でなつをが質問した。
「はい。」
「おばさまの家に行ったとき、呪いの症状が強く出たり、あまり出なかったり、などの違いはありましたか?」
「はい。伯母の家に居るときからあの渦巻きに襲われることもあれば、そういうことはなくて、全て終わって家のベッドに横になったときに呪いがやってくることもありました。」
なつをは焦った。うまく質問できない。本当は、何が原因でその違いが生まれるのですか、と訊きたいのだ。だが、それが分からないから相談に来ているのであって、分からないことを訊いても何にもならない。
と、ここでてっちゃんが助け船を出した。「おばさまの家に行く日に、こういうことがあると、呪いの症状が強く出る、あるいは、こういうことがあると症状が弱い、など、呪いに影響しそうな要因で、何か気づいたことはありますか?」
そう、そう言いたかったのだ。なつをは思った。すらすらと言葉が出て来ない自分がもどかしい。
「あの・・・役に立つか分かりませんが、伯母の機嫌が悪いときの方が、あとで呪いの症状が強く出るように思います。ただ、不機嫌な伯母に会っても、帰宅後小さい渦が見えて、軽い頭痛だけだったこともありましたし、ハッキリとは分かりません。」
「呪いが強く出るときは、お母様に頼まれたお使いの内容が大変、とか、そういうことはありますか? あとそれと、お使いに行くときの気分と、呪いが出てくるときの気分を教えて下さい。」ナタリーが質問した。ナタリーはロジカルと言うより感覚派だ。
「ええと・・・母にお使いを頼まれたときの気分は、なんか、重い感じ。胸の辺りがずーんと重たい感じです。重いときの方が呪いの症状は強く出るような気もしますが、大抵いつも重いので、正直よく分かりません。呪いが出てくるときには、この重い感じは、なくなってる気がします。あ、でも、伯母の家に近づいて、呪いの前兆みたいなのを感じるときには、あります。この胸の重い感じは。」

こんな風にして、しばらく湯水ちゃん扮するのりこ役に対して、三人のセラピストが次々質問をする展開になった。ある程度質問が出尽くしたところで、ドクターが次の指示を出した。

「では、そうですね。そろそろ原因を考えるのに十分な情報が出たと思いますので、ここで三人で相談して、何が原因だと思うか、それをまとめて下さい。」

クライアント役をするのは神経を使う。あまりに意地悪をして真実を隠してしまうと模擬セッションが迷走してしまうし、逆に答えをばーっとぶちまけてしまうほどのバカ正直さでは、学びにならない。不注意から余計なことを言ってしまっても、ケーススタディーを台無しにしてしまう危険性があるし、かと言ってあまりに神経質になると、その緊張が前面に出てしまって、セラピストがクライアントの感情を読み取る部分に、かなりの悪影響が出る。
お役目が終わって、ほっとした表情の湯水ちゃん。一息ついているドクター。
そして、これから難題に取り組もうとしている、重苦しい空気のセラピスト担当の三人、と明らかに明暗が分かれた。

「私ね、やっぱり頭痛だと思うの。」ナタリーが言った。「私もストレスで頭痛が出ることがあるし、彼女相当のストレス下におかれているでしょう?頭痛ぐらい出ると思うのよね。」
「でも、頭痛薬はあまり効かなかったみたいですけど。」なつをが言った。
「そうなんだよね・・・僕も始めは偏頭痛とか、そういう生理的なものかな、と思ったけど。ストレスから頭痛が出てもおかしくはないと思うから。でも頭痛薬、効かなかったんだよね。」と、てっちゃん。
「でも、あの『呪いの症状』と言っていた、紫色の渦は、何なんでしょうかね?幻覚が見えたとか?幻覚なら、統合失調症があるとか、何か説明が必要ですよね?」なつをの表情は固い。
「統合失調症で、頭痛持ち、か。大変よね、彼女。」ナタリーはどんなときも脱力系の話し方だ。
「ちょっと待って、そう決めつけてはいけないんじゃないの?」てっちゃんが諫めた。

迷走気味の議論を見て、ドクターが割って入った。「ええと、ある症状が発生している場合、あるいは複数の症状が同時期に発生している場合、その根本原因は、まずは一個と考える、というのが問題解決の基本です。」

(つづく)

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呪い(13)|恋愛ドクターの遺産第9話

「ほう、なつを君、積極的ですね。では他のお二方も、協力してこの課題に取り組んで下さい。」

ここまでで、担当と課題がこう決まった。

担当
恋愛ドクターA 司会進行役 (事情を知っている)
湯川みずほ(湯水ちゃん) クライアント役 (事情を知っている)

なつを メインセラピスト (事情は知らない)
ナタリー サポートセラピスト (事情は知らない)
清水哲男(てっちゃん) サポートセラピスト (事情は知らない)

課題
「呪われている」という相談 5年ほど前の事例
本当のクライアント のりこ(この場には来ていない。湯水ちゃんが代役)

 

「では、始めて下さい。」ドクターが形式張った調子でそう言って、課題が開始された。

「あの・・・頭痛や吐き気が出るということですから、頭痛薬を飲まれたことはありますか?」なつをが質問した。
「はい。呪いに襲われた後、どうしても辛くて頭痛薬を飲んだことはあります。なんとなく頭がぼうっとする感じがして、少しは痛みが軽くなる気がしたのですが、治ったとは言えないような感じでした。量を増やしたりするのも怖かったので、何度か飲んでみた後、やめて、それ以後は呪いを解く方法を探したり、そういうことをしてくれる先生を探したりしていました・・・あの先生、先生も私の『思い込み』とか言うんじゃないでしょうね!」湯水ちゃん扮するのりこはリアリティーたっぷりの名演技だ。
「えと・・・あの・・・決してそういうわけでは・・・」なつをは開始早々しどろもどろになってしまった。

ここでドクターが、ストップをかけた。ドクターストップだ。「さてなつを君、いきなりクライアントの神経を逆なでしたようですね。何がいけなかったと思いますか?」
こんな短い時間なのに、体中にイヤな汗をたくさんかいた。汗を拭きながらなつをは答えた。「ええと、呪いという訴えを疑ってかかったこと、でしょうか。」
「サポート役の皆さんのご意見は?」
「私も同意見です。」てっちゃんが言った。「私は仕事柄、粉飾決算をしていたり、横領ギリギリの線で会社のお金を私物化していたりという社長がクライアント、みたいなこともあるのですが、いきなり問題点の指摘ばかりすると『お前は税務署の回し者か』とか言われて契約を切られてしまうこともあり得ます。実際先輩からそういうことがあったと聞かされました。だから、社長が『売上が上がらなくて苦しい』と訴えていたら、たとえ本心では『アンタの使い込みのせいでしょ』と思っても、まずは売上が上がらなくて苦しい、という話にも、真実があるという前提で話を伺うようにしています。」
「では、どう訊いたら良かったと思いますか?」ドクターはあくまで冷静に進めていく。
「そうですね。たとえば・・・」てっちゃんはそう言ってから目線を天井の方に向けて考え始めた。そして言った。「『呪いが原因とのことですから、これはあくまで対症療法ということにはなりますが、頭が痛くなったとき、頭痛薬をお飲みになったことはありますか?』みたいに訊けば、クライアントの考えを踏みつぶすことはないと思います。」
「そうですね。あくまで本質的解決策ではない、対症療法だけれど、頭痛薬はどうか、というロジックで行く、これは大事だと思います。そして、てっちゃん、『呪いが原因ですから』ではなくて『呪いが原因とのことですから』という言い方も、素晴らしいですね。」
「どう・・・違うのですか?」なつをは少し混乱してきた。
「なつを君、もうちょっと頑張りましょう。『呪いが原因ですから』という言い方は、【呪いがこの症状の原因】という意味と【その解釈に私も同意している】というニュアンスを含みます。一方『呪いが原因とのことですから』という言い方は、【呪いがこの症状の原因】という意味は同じですが【その解釈はあなたのものであって、私が同意しているとまでは言っていない】というニュアンスが込められています。『とのこと』というたったの四文字を入れるだけなのに、相手の考えは尊重しつつ、自分の軸はぶれない。健全な境界線を引くような言い方になっていますね。」
「えっ?」なつをはすぐには理解できなかった。しばらく考えているうちに、だんだんふたつの言い方の違いが分かってきた。「先生、私がよく、他人の地雷を踏むのは、こういうニュアンス・・・でしたっけ・・・の違いをうまく使いこなせていないからなのですか?」
「まあ、それも多分にあるでしょうね。カウンセラーをする場合、このあたりの表現力をしっかり身につけることは、大事だと思いますよ。」
すこしうつむいたように見えるなつを一瞥したあと、みんなの方を向いてドクターは続けた。「では、続けていきましょう。」

(つづく)

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熱い議論|呪い(12)|恋愛ドクターの遺産第9話

「でも、先ほどのクライアントの、のりこさんの場合は、もう散々『呪いだ』『呪いだ』と騒いで、オオカミ少年のように、母親にはおそらく『またか』と思われているんですよ。」
「何だか、切ないです。悲しいです。」
「そうですね。だから、私たちがカウンセリングの時に、のりこさんが『呪いだ』と主張したことを、頭ごなしに否定せず『どうしてそう思ったのですか?』と丁寧に訊いていったとき、のりこさん、嬉しそうでしたよね?」
「確かに、そうでした。何だか初めて、自分の主張にちゃんと耳を傾けてくれる人がいた、という感じに、嬉しそうでした。」
「それで、話を戻すと、お母様からは、どうせ既に『またか』と思われているんですよ。そもそも、仮病の一種ぐらいに、今までも思われてきたのでしょう。だとしたら、おばさまの家に行く前に『呪いの症状が出た』と騒ぎ始めても、それほど違和感はないでしょう。」

「それは・・・そうですけど・・・」
「お母様から見て、今までののりこさんと、大きくは変わらないけれど、ちょっとだけ変わって、お使いに行く前に『呪いの症状だ』と言うようになった。これは、違和感が少ないですね。そして、のりこさんの立場からすれば、結果的におばさまの家に行く頻度を下げることが出来る、という実益があります。ほら、一番無理なく、クライアントの心理的ストレスを減らす道になっているじゃないですか!」

湯水ちゃんは、しばらく何も言えなかった。そうなのだ。考えてみればみるほど、先生の提案が合理的に思えてきたのだ。言い方が軽かったから、適当な提案を言ったように感じていたが、先生はもっともスムーズに無理なく、クライアントの負担を減らす道を考えて、あのような提案をしたのだった。
こういう柔軟さがない自分に嫌気が差したし、先生と自分の差があまりに大きいことに愕然としてもいた。

 

・・・場面は戻って、合宿・・・

「というわけで、かつて湯水ちゃんが私の助手を務めていた頃に相談があった『呪いを解いてほしい』というテーマについて、当時のことを説明させて頂きました。」ドクターが、合宿のメンバーに、当時の相談内容を説明したあと、そう付け加えた。
ドクターと一緒に説明を終えた湯水ちゃんが、ペコリと一礼した。

「では今から、この相談事例を教材として、どんな風に進めるべきなのか、そして本当の原因は何だと思うか。みんなで考えていきたいと思います。」ドクターは司会進行役を務めている。

合宿二日目のテーマは、「呪い」という、到底合理的には信じられない原因を信じて相談に来たクライアントに対して、どう接するのが良いのか、という課題だ。この合宿に参加しているのは皆、すでに自分のお客を持っているプロのカウンセラーたちだ(一部コンサルタントなど、少し別の職業も混じっているが)。だから、取り組む課題も超S級の難題だ。

「先生、本当に呪いなのですか?」なつをが質問した。
皆がどっと笑った。それを考えていくのが課題なのに、いきなり答えを聞くような質問をしたので、ドクターも少し困っている。
「なつを君、キミにはナイスボケ賞を差し上げます。」苦笑しながらドクターが言った。そして真面目な調子に戻って「何かそれをどうしても訊きたい理由でもあるのですか?」と改めて訊いた。
「えと・・・失礼しました。でも、この問題を呪いと捉えるのか、呪いではなくてクライアントが思い込んでいるのだ、と捉えるのかで、取り組みの方針が全く変わってくると思いまして・・・今日はどちらの方針で進めることを、先生は意図されているのかな、と思いまして・・・言葉足らずですみませんでした。」なつをはぺこりと頭を下げた。どことなく、湯水ちゃんのしぐさと似ている。
「なるほど。そういうことですか。まさにその点を考えてほしいのです。私の意図に沿ってほしいのではありません。この課題に取り組む皆さんが、どういう方針を打ち出すのか、それを自分たちで決めてほしいと思っています。なお、事情を既に知っている湯水ちゃんはクライアント役として、当時ののりこさんに成り代わって、色々な質問に答えます。」

少し沈黙があったあと、ドクターが提案した。
「では、主担当を決めましょう。司会役の私、クライアント役の湯水ちゃんを除いて、全員でチームとなって、このケーススタディーに取り組むわけですが、クライアントの前に座って、セッションをリードしていく主担当、メインセラピストを誰か決めましょう。やってみようと思う人!」
そこで手を挙げたのは、なつをだった。
「ほう、なつを君、積極的ですね。では他のお二方も、協力してこの課題に取り組んで下さい。」

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熱い議論|呪い(11)|恋愛ドクターの遺産第9話

第四幕 熱い議論

「先生!あんな風に、呪いを軽く扱っていいんですか!」湯水ちゃんは先生に食ってかかっている。呪いで悩んでいるクライアントを、のらりくらりかわしつつ、しまいには「けのろい」・・・つまり呪いにかかったフリをしろ、などという、本気で呪いを信じているひとからしたら「けしからん(あるいは罰当たりな)」解決策まで提案したのだから、納得できないし、混乱してもいるのだ。
「軽くなんて扱ってませんよ。ただ、使えるものは何でも使う、それが私のポリシーですから。そもそも、彼女は既に呪いを方便に使って、お母様のお使いを断ったことがあったわけです。それをもう一度やりましょう、という、ただそれだけの話ですよ。」ドクターはあくまで、あっさりと答えた。
「でも!なんだか罰当たりな方針です。」
「湯水ちゃんは、呪いを信じているのですか?」
「えっ!いや・・・そういう訳では・・・ありませんけど・・・でも、呪い・・・と言っているその症状を軽くしてほしいと言っているクライアントに、『けのろい』を使えなんて、呪いにかかったフリをするなんて、逆行しているじゃないですか!」湯水ちゃんはそこが気に入らないらしく、ドクターに、さらに食ってかかった。
「そうですか?」ドクターは湯水ちゃんの真剣さなんて全く意に介さないといった様子だ。「だって、よく考えてみて下さい。確かに「けのろい」を使ったら、はた目から見た彼女は、呪いに襲われているように見えるかもしれない。でもそのおかげで、おばさまの家に行く回数を減らせるとしたら、彼女が本当にその症状に襲われる回数は、減らせるはずですよね?本当の原因が今後分からなくて、本質的な解決策が打てなくても、少なくとも、呪いに襲われる頻度を下げる、ということは実現できるわけですよ。」
「先生はそれでいいんですか?」
「いや、何とか解決はしたいですよ。根本的にね。でも、別に私は、私がヒーローになるために仕事をしているわけじゃないですから。なんだかちょっと情けない解決策しか提案できなかったとしても、クライアントの苦痛が減ったのなら、それはそれで、いいじゃないですか。」

「でも・・・でも・・・」湯水ちゃんはまだ何か納得できない様子だ。
「湯水ちゃんは、どこが問題だと思うんですか?」ドクターが訊いた。

改めてそう問われてみると、即答できない。なんだろう。どこが問題なのだろう。何かモヤモヤする。湯水ちゃんは考えてみた・・・自分がその立場だったらどう感じるのだろう・・・あ、そうだ、仮病・・・じゃなくて『けのろい』を使って母親を騙すことに後ろめたさを感じるのだ、ということに気がついた。

「先生、母親を騙すことに、後ろめたさを感じます。」
「なるほどね。騙すこと・・・ですか。湯水ちゃんは、お母様との関係は良好ですか?」
「はい。・・・でも、それが何か・・・?」
「お母様はおそらく、湯水ちゃんが言ったことは、真っ直ぐ信じるのでしょうね。」
「そうだと思います。」
「そういう中で、湯水ちゃんがウソをついてお母様を騙したら、後ろめたいですよね。」
「はい。」そう答えながらも湯水ちゃんは、何を言われているのかよく分からなかった。
「でも、先ほどのクライアントの、のりこさんの場合は、もう散々『呪いだ』『呪いだ』と騒いで、オオカミ少年のように、母親にはおそらく『またか』と思われているんですよ。」
「何だか、切ないです。悲しいです。」
「そうですね。だから、私たちがカウンセリングの時に、のりこさんが『呪いだ』と主張したことを、頭ごなしに否定せず『どうしてそう思ったのですか?』と丁寧に訊いていったとき、のりこさん、嬉しそうでしたよね?」
「確かに、そうでした。何だか初めて、自分の主張にちゃんと耳を傾けてくれる人がいた、という感じに、嬉しそうでした。」

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仮呪い|呪い(10)|恋愛ドクターの遺産第9話

・・・再びカウンセリングルームにて・・・
「先生、こんな風になるんです。呪いはあると思います。」
「なるほど・・・私自身は、呪いについてはまだ半信半疑なのですが、伯母さまから何らかの影響を受けていることは、確かなようですね。」
「解決できますか?」
「ええ、何とかしてみせます。」
(先生、大丈夫だろうか)湯水ちゃん(湯川みずほ・・・当時のドクターの助手)は思った。だって、呪いなんて解く力は、先生にはないはずで、そもそも、呪いかどうかも分からなくて、そんな、原因不明の症状を「何とかする」なんて、私なら怖くてとても言えない、そう思った。

「先生、よろしくお願いします。」のりこは期待を込めた目でドクターを見た。
「はい。私の方で少し、効果的な解決策が何かあるかどうか、調べておきます。本格的な解決のための対策は、次回以降、準備万端整えて行いたいと思います。」
「はい、お願いします。」のりこはすがるような目をしている。
「それで、今回はまず、おばさまに近づかなくて済むような作戦を考えましょう。つまり、根本対策ではなくて、対症療法的なのですが、まずは、近づかないようにする、という作戦です。」
「今でも、なるべく行かなくて済むようにしているのですが。」
「そうですよね。ところで、お母様はその『呪い』のことはご存知なのですか?」
「はい。母は呪いではないと考えているのですが、私がそういう症状に襲われることは知っています。」
「なら話は早い。仮病ならぬ仮呪い(けのろい)を使ってみたらいいと思いますよ。」
「けのろい・・・って一体どんな・・・」のりこはあまりに意外な提案を受けて、何を言われたのか分からなかった。
「ああ、『けのろい』というのは私が今作った言葉なのですが」ドクターは笑いながら言った。「呪いにかかったフリをする、ということです。」
「えぇっ!?・・・それで、フリをして、どうするのですか?」
「たとえばこんな感じです。お母様からお使いを頼まれて、準備を始めます。ハナから行く気はないわけですけれども、行く準備を始めるわけです。そして、玄関先でその呪いの症状に襲われるわけです。もちろん『けのろい』です。行きたいけれど、今日はおばさまの呪いが強くて行けない、ということにするわけです。」
「でも、母から『本当に呪いなの?』とか、割といつも言われるのですが。」
「そのとき、どう言っているのですか?」
「『お母さんは本当に呪いを受けたことがないから分からないのよ。』と言っています。もちろん母は呪いを信じていませんけど。」
「なら簡単ですよね。いつも通り、呪いだと言い張ればいい。そしてこう付け加えればいいんです。『お母さんは、呪いなんてないない、と言うけど、全然自分でおばさまの家に行こうとしない。本当は自分が呪いにかかりたくないから行かないんでしょう? 呪いなんて平気、というなら、お母さんがおばさまの家に行けばいいじゃない。』とね。」
「それ、一度言ったことがあります。」
「そのときは、どうなりましたか?」
「母は、しぶしぶ自分で伯母の家に行きました。」
「まあ、解決までの間、このセッションを続けていく間は、その作戦で行きましょうよ。よく、手術の前に『患者の容態が安定するのを待って、手術をしましょう』なんてこと、言いますよね。ドラマでしか知りませんけど。それと同じように、本当の解決策を実践する前に、のりこさんの『心の容態』を安定させないといけないわけです。しばらくは、そうやって、自分に負担を、なるべくかけないようにする、ということを、やってみませんか?」
「そうですね。それならできそうです。」
「では、今日はここまで、ということで。次回また、本腰を入れて解決するための作戦を、話し合いましょう。」
「はい、ありがとうございました。」
「ありがとうございました。お大事に。」

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呪い(9)|恋愛ドクターの遺産第9話

「おばさま。庭木の件ですけど、母から伝言で、多少クチナシの木が傷ついても、しっかり草取りをする方を優先したらいいのではないか、とのことでした。」こういうことを伝えるのも、もちろんある程度は気疲れするのだが、「庭の手入れ」など、具体的な課題についての伝言は、母と伯母の当てこすり合戦を仲介するよりも、よほど気が楽だ。
日によっては、このあたりで症状が出始める。例の左上の方から渦巻き状にやってくる、あの、紫色の呪いだ。伯母の家は何か新興宗教的な(伯母は「宗教ではない」と言っていたが)ものに加入していて、その祭壇らしきものがある。独特のお香の匂いがする。
元々、のりこは呪いなど信じるたちではなかったのだが、伯母は人間の好き嫌いが激しく・・・「好き嫌い」といっても自分の言いなりにならない人は大抵嫌いなのだが・・・特に気に入らない人がいると「呪いの儀式」を行うのだ。のりこも一度見たことがあるし、それが「呪いの儀式」であることは、伯母の口から直接聞いたので間違いない。
のりこは、おそらく、伯母には気に入られているので、呪いの儀式で直接呪いをかけられたりはしていない・・・と思う。ただ、貴重な使いっ走りである私に、立ち直れないほどの強力な呪いはかけないまでも、ときどき伯母の期待に100パーセント応えていないときがあるので、そんなときに腹いせに何かされているのではないかと、いつも気が気ではない。この日は、伯母の家に居るときに症状が出始めた。左上の方からぎゅーっと絞るような感じで渦を巻いた紫色の「呪い」が近づいてきた。
「おばさま。今日はこれで失礼します。」のりこは呪いの症状が強くなる前にその場を立ち去ろうとした。呪いに縛られて、心身のコントロールが利かなくなってしまえば、そのあと何をされるか分からない。きっと伯母は「休んで行きなさい」と言うだろう。しかし、伯母の家で「休ん」だ場合、無事に帰宅できる保証はない。
帰り道で、徐々にその「呪い」の症状が強くなってきた。伯母はのりこが早々に立ち去ろうとしたことが気に入らなかったのだろうか。きっと気に入らないだろう。まるで伯母を避けているかのように退散したのだから。まるで、と言ったが、実際避けたいのだから仕方ない。伯母に何かされたのだろうか。家に居たときには、何か儀式的なことをされたようには見えなかったけれど。
帰宅して、ベッドに仰向けになったら、天井の辺りから、極めて大きな紫色の渦が襲ってきた。のりこの顔の真上よりも少し左、そしてちょっと上・・・天井なので「上」というのは少し変だが、のりこの身体を基準にしたときに、頭を上、足を下と言うなら、「上」だ。そう、呪いは、不思議なことに、のりこの身体を基準にして、毎回同じ方向からやってくるのだ。
呪いの渦巻きが大きくなってきて、のりこは怖くなってしまった。ベッドからがばっと起き出して、友達に電話をかけた。ひとり目・・・出ない。ふたり目・・・出ない。三人目・・・四人目・・・ようやく五人目で電話に出てくれる友達がいた。何を話したのか全く覚えていない。とにかく呪いの恐怖に呑み込まれそうで、必死だった。必死にもがいていた。

 

・・・再びカウンセリングルームにて・・・
「先生、こんな風になるんです。呪いはあると思います。」
「なるほど・・・私自身は、呪いについてはまだ半信半疑なのですが、伯母さまから何らかの影響を受けていることは、確かなようですね。」
「解決できますか?」
「ええ、何とかしてみせます。」
(先生、大丈夫だろうか)湯水ちゃん(湯川みずほ・・・当時のドクターの助手)は思った。だって、呪いなんて解く力は、先生にはないはずで、そもそも、呪いかどうかも分からなくて、そんな、原因不明の症状を「何とかする」なんて、私なら怖くてとても言えない、そう思った。

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呪い(8)|恋愛ドクターの遺産第9話

「なるほど・・・おばさまが何か関係しているのは、間違いなさそうですね。」
「そう思います。先生!伯母の呪いなのでしょうか?解決できますよね!」
「ええ、もちろんまだ原因がつかみ切れていないですが、きっと糸口は見つかる。私はいつもそう信じて事に当たっています。」
「お願いします!」

 

・・・ある日のこと・・・
のりこの、お使いはこんな感じなのだった。
「ねぇ、のりこ、おばさん家に、これ届けてほしいんだけど。あ、それと、この間、実家の草取りの件で庭の隅のクチナシの木をどうするかってことがあったと思うんだけど、多少木を傷つけてもしっかり草取りしてもらう方向で、と伝えて。それからこの服は気に入ってると伝えて。デザイン古くないし。あと、この前のおばさんのチェックのスカート、ちょっとデザインが古いと思うから、もう少し今風なのにした方がいいと思う、とも伝えて。」
「あのさぁ、お母さん。そういうことは自分で直接言いなよ。これは届けるけど、あと、庭の話までは一応伝えるけどぉ。それ以外は、言いたければ自分で言ってよ。」
「だって、私が言うと角が立つじゃない?のりこが伝えた方がスムーズに行くのよねぇ。」
(はぁ・・・そうやって相手に余計なお節介をするから角が立つのに・・・それを言うとまた「角が立つ」から言わないけど・・・はぁ・・・お母さんもおばさんも面倒くさい・・・)のりこはそう思いながらも、お使いには出かけるのだった。
伯母の家までは電車で一駅で、近所と言えば近所だ。駅を降りて・・・かなり田舎なので、住宅も結構あるが、田んぼもたくさん見える、そんな場所だ。川沿いの道を歩いて、見慣れたねずみ色の殺風景な橋をわたり、どことなく場違いな消費者金融の看板がついている電柱のある角を右に曲がると、だんだんあの感覚が近づいてくるのが分かる。
あの感覚というのは、呪いに襲われる、あの感覚だ。左上の方から渦を巻いてやってくる、あの、呪いの感覚が近づいてくるのだ。
ただ、本格的に呪いに襲われるのは決まって、伯母の家に入ったあとか、用事が済んで帰るとき、あるいは用事が済んで家に着いてからだ。行きに激しい呪いに襲われたことはない。ただ、その予兆がするだけだ。伯母か、伯母の家に呪いがかかっているので、それと触れてしまうと、あとから症状が出るのだと、のりこは今までそう考えて来た。
伯母の家に向かっていくときには、呪いの感覚は、おぼろげで、なんとなくそんな感じがする、というようなレベルなのだ。でも同じ感覚であることは、本人の感覚では、明らかだ。
他人には分かってもらえないのでもどかしいのだが。
伯母の家に行くと、のりこは用事をなるべく早く済まそうとする。一方の伯母は引き留めてのりこに、そう、帰りの伝言を色々託すのだ。それもまた気疲れするのだが。この間のお使いは、こんな感じだった。
「おばさま。母から言付かってきました。」のりこは母から預かった品を伯母に渡した。
「ああ、のりちゃん、ありがとう。」今日は伯母は上機嫌だ。
上機嫌だからといって、問題がないわけではない。誰かが「悪気がない人の方が厄介だ」と言った言葉を思い出した。本当にその通りだと思った。
「この間の、お洋服の件、伝えてくれたかしら。」
(来た、面倒なのが)のりこは思った。相手へのダメ出しを仲立ちして伝言する立場なんて、本当に勘弁してほしい。母も伯母も、両方がそうやってのりこに、小言やアドバイス(それも、のりこの目から見たら言わない方がいいことばかり)をのりこに託すのだ。
「えっと、なんとなく言ったんですけど、私口べたなので、なんかあんまりうまく伝わらなかったみたいです。おばさまから直接伝えて頂いた方が、正確に伝わるかな、なんて思います・・・」のりこはこうやっていつも、必死にごまかすのだが、毎回とても疲労する。

(つづく)

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呪い(7)|恋愛ドクターの遺産第9話

「では、具体的にその『呪い』はどんな症状として表れるのか、それを教えて頂きたいのですが。」
「はい、大体こっちの方から」そういいながらのりこは自分の左手を自分の左前、水平より少し上に掲げた。「呪いはやってくるんです。」
「いつも、左前方、ちょい上の方からやってくるんですか?」
「そうです。渦を巻いています。ギューッと巻いているんです。」
「ほうほうなるほど・・・ギューッと渦を巻いていると」メモを取りながらドクターは聞いている。
「その渦には色などはあるのですか?」
「黒っぽい紫色みたいな色をしています。とても怖い色です。渦のすき間に黄色い光が見えます。」
「なるほど・・・ところでその渦巻きを絵に描いてもらっていいですかね?」ドクターが紙を差し出しながら言った。
「はい。」のりこはペンを手に取り、さっさっと短くゆるい曲線を描き始めた。その短い曲線が多数集まっていくと、次第に渦巻きの感じが出てきた。
「ああなるほど、こんな感じの質感なのですね。この線で描いたところが紫色なのですか?」
「はい。絵が下手ですみません。」
「いえいえ。これだけ描いて頂ければ十分です。そして、線と線の間に黄色い光が見えると?」
「そんな感じです。黄色い光は中心部が強いです。」
「なるほどね・・・」

ここで少し沈黙があった。ドクターも、メモを取りながら考えを整理しているようだ。しばらく沈黙があったあと、ドクターが口を開いた。「なぜそれが、呪いだと考えたのですか?」
「その渦巻きに襲われた後、頭痛がして、吐き気もすることが多いのです。とても激しい呪いです。」
「ええと・・・頭痛と吐き気がするなら普通は医者に行くと思うんですが、どうしてそれが、呪いだと考えたのでしょうか。」
「えと・・・あっ、すいません、つい。あの・・・伯母です。私の伯母がなにやら怪しげな呪術にハマっていて、そして、母とも折り合いが悪いのですが・・・それで、伯母は私たち家族に嫉妬しているし、何かと文句を言ってくるし、一度伯母の口から『呪いをかけている』と本当に聞いたことがあります。」
「そうなんですね。困ったおばさまですね。」
「そうなんです。困った、なんて可愛いものじゃありません。本当に居なくなってほしいです。」
「それで、そのおばさまが?」
「あ、そう、母と折り合いが悪いので、私が伝言役をすることがあるのですが、母に頼まれて。伯母の家に行って話をして帰ってくると、大抵呪いの症状が出ます。」
「ああなるほど、おばさまと会う時間があって、そのあとにその呪いの症状が出ることが多いと。」
「はい。ほぼそうだと思います。」
「おばさまと会ったとき以外で、その紫のぐるぐるが出てくることは、今までありましたか?」
「ええと・・・ずっと昔にあったような気がします。でも、一回あったかどうか・・・あまり覚えていないです。」
「ちなみにそれは、いつ頃でしたか?」
「小学生・・・5、6年の頃だったかもしれません。」
「なるほど。それ以来、その症状は出ていなかった。ということですね?」
「はい。」
「そして・・・おばさまとよく会うようになって、最近頻発していると。」
「そうです。」
「ちなみに、最近おばさまのところにお使いで行くようになったのは、いつ頃からですか?」
「母と伯母の折り合いは以前から悪かったのですが、それが一年前ぐらいから本当に最悪になって、その頃から頼まれて行くようになりました。」
「症状が出るようになったのは・・・」
「はい、その頃からです。」
「なるほど・・・おばさまが何か関係しているのは、間違いなさそうですね。」
「そう思います。先生!伯母の呪いなのでしょうか?解決できますよね!」
「ええ、もちろんまだ原因がつかみ切れていないですが、きっと糸口は見つかる。私はいつもそう信じて事に当たっています。」
「お願いします!」

(つづく)

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呪い(6)|恋愛ドクターの遺産第9話

第三幕 呪いを解いて下さい

翌朝。
「おはようございます。」溌剌とした笑顔で、ドクターがみんなに挨拶した。
「おはようございます。」溌剌とした顔もあり、眠そうな顔もあり、といった感じだったが、みんな揃って、二日目のカリキュラムが始まった。
「少し遅れましたが、てっちゃんが参加します。」ドクターが紹介した。てっちゃんの本名は清水哲男。カウンセラーではないが、ドクターの教えを受けて、仕事に活かしている経営コンサルタントだ。
「清水哲男です。てっちゃんと呼んで下さい。よろしくお願いします。」てっちゃんが挨拶した。てっちゃんは溌剌としているグループだ。
「さて、昨日話に出た『呪い』について少しお話ししようと思います。これからお話しする内容は、本物の呪いについての話ではありません。私は本物の呪いがあるのかどうか、判断する材料は持ち合わせていません。ただ、当事者に『呪い』と見える現象について、心理学的に説明可能なものもある、というお話をしたいと思います。言い換えると、心理学的に解決できる『呪いもどき』が存在する、というお話です。」
「『呪いもどき』面白い表現ですね。」ナタリーが楽しそうに言った。ナタリーはどちらかというと呪いを信じていそうなタイプだが(占い師だし)、意外にもドクターの科学的な姿勢は好きらしい。

「湯水ちゃんは知っていますよね。」ドクターが訊いた。
「はい。あのときはどうなることかと・・・心配になりました。」
そう、先代の助手、湯水ちゃんがまだ先生のオフィスにいた頃、「呪われたので解いてほしい」というクライアントが来たのだった。

 

・・・遡ること5年。当時のオフィスにて・・・
ノックの音がして、クライアントが入ってきた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
ドクターも今日のクライアントののりこも、二人とも着席した。湯水ちゃんも、先生にいつも言われているとおり、クライアントに合わせて着席した。

「さて、今日のご相談というのは、『呪い』だとか。」ドクターが不思議そうな顔をしながらそう聞いた。
「はい。先生!お願いします!私、呪いをかけられたんです。いや、こんなこと非科学的だと分かってます。でも、呪いじゃなければ何なのか、もう分からないんです。とにかく、呪いとしか思えない何かをされました。これを何とか解決して頂きたいのです!」のりこは切羽詰まった様子でドクターに訴えた。
「分かりました。私は実は呪いそのものはあまり信じていないのですが、心理学的に解決できる道があれば、何か解決の糸口ぐらいは見つけられるかもしれません。」ドクターはあくまで冷静に応えている。
のりこは不安そうだ。
そこでドクターは付け加えた。「以前、呪いとか、憑依とか、そういう霊的なことについて、まあ専門ではないのですが、周辺知識として学んだことがあります。そこで知ったことは、心理的に不安定だと入り込まれやすい、と考えられていることでした。つまり逆に言えば、心理的に安定する方向を目指せば、『呪い』の影響を受けにくくなる、ということでもあります。」
「先生、ぜひお願いします。」のりこは先生に今にもすがりつきそうな様子でそう言った。

「では、具体的にその『呪い』はどんな症状として表れるのか、それを教えて頂きたいのですが。」
「はい、大体こっちの方から」そういいながらのりこは自分の左手を自分の左前、水平より少し上に掲げた。「呪いはやってくるんです。」
「いつも、左前方、ちょい上の方からやってくるんですか?」
「そうです。渦を巻いています。ギューッと巻いているんです。」
「ほうほうなるほど・・・ギューッと渦を巻いていると」メモを取りながらドクターは聞いている。

 
(つづく)

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